京都地方裁判所 昭和60年(ワ)1392号 判決 1986年5月29日
原告
中川勇
被告
武村晋治
主文
一 被告は原告に対し、損害金二二万二四六一円及びこれに対する昭和六〇年七月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一五分し、その一四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金三三八万八三三〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故
(一) 日時
昭和五八年四月一八日午前八時一〇分頃
(二) 場所
京都市南区西九条菅田町七、国道一号線十字交差点北側手前
(三) 態様
原告運転の軽貨物自動車(京都四〇た三〇一四号、以下「原告車」という。)がサイドブレーキを引くなどして、先頭車から六台目に停車していたところ、被告運転の普通乗用自動車(京五六ら九三五二号、以下「被告車」という。)がいきなり突込んで来て、原告車後尾に追突した。
(四) 原告の被害
(1) 頸椎及び腰椎各捻挫
(2) 原告車破損
2 被告の責任
被告は被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであつて、自賠法三条により、原告が受けた傷害によつて生じた損害を賠償する責任がある。又、本件事故は専ら被告の前方不注視の過失に基くもので、被告は民法七〇九条により、原告が受けた物損を賠償する責任がある。
3 原告の損害
原告は調理士の免許を持つており、これを利用して、自宅の店舗で料理仕出し業、酒類、食料品の販売業を営み、又、八幡市内の男山フードセンターなる市場内に店舗を持つて魚介類の販売業を営んでいるが、何れの営業も原告が中心になつて営業していた。然し、原告は本件事故による前記受傷により、主なものでも、腰が突つぱる、手が痺れる、手がざくざくする、頭が重い、等の症状が出て、昭和五八年四月一九日から同六〇年七月二〇日までの二八か月間三九九日私立八幡中央病院(旧称真鍋病院)へ通院し、頸、腰を引つ張り、マツサージをする等の、主として物理療法を続け、右の六〇年七月二〇日に症状固定に達したのであるが、現段階で主なものでも、間欠的に手が痺れ、腰が突つぱり、頭が重い等の症状が残つており、その程度は自賠法施行令別表の後遺障害等級一四級一〇号に該当する。ところで、従来、この治療に要する病院での時間は、待ち時間があるため、最も短い時で一時間三〇分、長い時で四時間、通常は二時間程度を要した。なお、調理士の資格を有する者を雇つた場合、一日当り二万円程度を要するところ、そのような余裕が無いため、中央市場への魚介類の買出し及び魚の調理の一部を原告自らなさざるをえず、入院は不可能であつたものである。然し、右の如き症状と通院のため、魚の調理を若干できる者及び店番をパートで雇つた。
(一) 通院交通費
通院には一度バスを乗り換えなければならない関係上、片道二八〇円のバス代を要する。したがつて、通院三九九日分のバス代は二二万三四四〇円である。
(二) 人件費
通院治療を受けている間の営業継続のため、パートタイマーを雇わざるを得なかつた。それに要した費用は、昭和五八年分が八一万六〇〇〇円、同五九年分が一三八万四〇〇〇円、同六〇年分が三七万九五〇〇円であつた。もつとも、従来でも繁忙期にはパートタイマーを雇用し、年間多くても六〇万円の費用を支払つていたので、通院期間二八か月相当分として一四〇万円を差引くと、本件事故と相当因果関係のある人件費は一一七万九五〇〇円である。
(三) 通院慰藉料
長期間の通院、通院中にパートタイマーで代置できない損失を被つたことに照らし、慰藉料額は一五〇万円が相当である。
(四) 後遺症慰藉料
前記後遺障害等級に鑑み、慰藉料額は七五万円が相当である。
(五) 逸失利益
前記等級の後遺障害が残存し、症状固定時の昭和六〇年七月二〇日現在で五九歳であつたから、同時点での就労可能年数一〇年につき一〇〇分の五の労働能力を喪失した。そこで、昭和五九年度のいわゆる賃金センサス男子学歴計によると、五九歳で年収四二四万四〇〇〇円、六〇歳から六四歳まで年収三二〇万四五〇〇円、六五歳以降二八七万〇一〇〇円であるから、これらに則り一〇年間の総平均給与相当額を計算すると三一七四万六九〇〇円となる。したがつて、一年間の平均給与額は三一七万四六九〇円であるから、労働能力喪失率一〇〇分の五につき一〇年間の新ホフマン係数七・九四七をもちいて逸失利益の現価を算出すると、一二六万一四六〇円となる。
(六) 原告車損傷による損害
本件事故による原告車の修理費として二万三九三〇円を要し、同額の損害を被つた。
(七) 弁護士費用
被告が損害の填補をしないばかりか、損害賠償債務不存在確認の訴えを提起したので、弁護士に反訴の提起追行を委任したのであり、それに要する費用のうち五〇万円が本件事故と相当因果関係のある損害である。
(八) まとめ
以上の損害合計額は五四三万八三三〇円であるところ、被告から一三〇万円の弁済があり、自賠責保険から七五万円の給付を受けたから、これらを差引くと、残損害額は三三八万八三三〇円となる。
4 結論
よつて、原告は被告に対し、損害金三三八万八三〇〇円及びこれに対する履行期到来後である本件反訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 答弁
1 請求原因1交通事故のうち(一)、(二)、(四)の事実及び(三)の被告車が停止していた原告車に追突した事実はいずれも認めるが、(三)のその余の事実は知らない。
2 同2の責任原因事実は認める。
3 同3の原告の損害のうち、原告が魚介類の販売を業としていること、原告が真鍋病院に二年に及ぶ間、通院していること、原告の年令、原告車の修理費、被告の弁済額は認めるが、その余の事実は知らず、主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、それを引用する。
理由
一 請求原因1の交通事故のうち、日時、場所、被告車が停止していた原告車に追突したこと、それにより原告が頸椎及び腰椎各捻挫の傷害を負い、原告車が破損したこと、同事故につき請求原因2の被告の責任原因事実は、当事者間に争がない。
したがつて、被告は、本件事故により原告が被つた人的及び物的各損害を賠償する責任がある。
二 そこで、原告が被つた損害について検討する。
1 治療経過等
(一) 原告が魚介類の販売を業としていたことは、当事者間に争がなく、いずれも成立に争のない甲第七号証の二、乙第一、第二号証に、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告(大正一五年一一月二四日生)は、本件事故の翌日である昭和五八年四月一九日八幡市八幡田五反田所在の真鍋病院(後に私立八幡中央病院と改称)で診察を受け、頸椎捻挫及び腰部打撲(後に捻挫)の病名で、同日より一〇日間の安静加療を要すると診断されたこと、しかし、実際には、原告は、昭和六〇年七月二〇日までの間に三九九日同病院に通院して治療を受け、右の六〇年七月二〇日症状固定に達したと診断されたこと、医師は、原告の自覚症状として腰痛、項部痛及び右手痺れ感を挙げ、他覚的所見などとして、頸椎運動制限、両項部に圧痛と筋硬結、左中環、小指に知覚鈍麻のほか、頸椎レントゲン線にて生理的前彎消失、第五、第六頸部椎間板が不安定を呈しているというのであり、原告が自賠法施行令別表の後遺障害等級一四級一〇号該当の障害残存と査定されたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
(二) ところで、いずれも成立に争のない甲第三号証の一、二、同第五号証に、原告本人尋問の結果を総合すると、本件事故により原告車に生じた損傷の修理費は二万三九三〇円にとどまつたのであるが(この点は、当事者間に争がない。)、これは原告車の後部に取り付けてあつたスペアタイアが衝撃を吸収したためであつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
そうだとすれば、本件事故の態様について、原・被告間に主張の相違があるのを別としても、原告車のみならず、原告の身体に加えられる衝撃も、当然のことながら軽減されたものと解しなければならない。したがつて、本件事故により原告の身体にそれほど強い力が加えられたとは考えられないにもかかわらず、極めて長期間に亘る治療が加えられているところ、それがさきに認定した原告の自覚症状と他覚的所見に由来するものであることはいうまでもないところであろう。しかし、医師が指摘する他覚的所見は、右に説示の衝撃の状況に鑑みると、本件事故により生じたものと解するには足らず、むしろ原告の年令に照らすと、経年性の症状・変化と解するのが相当である。
(三) このようにみて来ると、原告が長期に亘る療養を必要としたのは、ひとり本件事故による身体的変化によるものではなく、その病的素因が大きく作用した結果とみるのが相当である(したがつて、長期療養により生じた損害の総てを被告に帰せしめるべきではなく、後述のように過失相殺法理の類推適用により負担の軽減を図らなけれはならない。
2 損害額
(一) 通院交通費
原告は、前認定のとおり真鍋病院へ三九九日通院しているところ、原告本人尋問の結果によると、交通費として一往復五六〇円のバス賃を要したことが認められるから(この認定に反する証拠はない。)、合計二二万三四四〇円の交通費を要し、同額の損害を被つたというべきである。
(二) 人件費
いずれも成立に争のない甲第三号証(後記措信しない部分を除く)、同第四号証、原告本人尋問の結果によりいずれも原本の存在及び成立を認める乙第五号証の一ないし一二、同第六号証、同第七号証の一ないし九、同第八、第九号証の各一ないし一二、同第一〇号証の一ないし六に、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を総合すると、原告が本件事故による通院期間中に、雇用した店員のいわゆる人件費として、すくなくとも昭和五八年度に八一万六〇〇〇円、同五九年度に一三八万三五〇〇円、同六〇年度に三一万六五〇〇円を要したこと、従来でも繁忙期には臨時に店員を雇用し、年間六〇万円程度の人件費を要していたことが認められ、この認定に反する甲第三号証の記載部分及び原告本人の供述部分は措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
そうだとすれば、通院期間中の経常的人件費を一四〇万円と把握し、これを控除した一一一万六〇〇〇円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(三) 通院慰藉料
前記通院状況に鑑み、それによる精神的苦痛を慰藉すべき額は一三〇万円をもつて相当と認める。
(四) 後遺症慰藉料
前認定の後遺障害等級に鑑み、それによる精神的苦痛を慰藉すべき額は七五万円をもつて相当と認める。
(五) 逸失利益
前認定のように、原告の受傷は、一四級一〇号の後遺障害を遺して昭和六〇年七月二〇日症状固定をみたのであり、その時点で原告は五九才であつた。したがつて、症状固定後三年間は五パーセントの労働能力の減退を認めるのが相当というべきである。
ところで、原告は、逸失利益算定の基礎とすべき収入として、いわゆる賃金センサスの該当年令の平均賃金をもつてするのであるが、かかる統計資料に依拠すべき合理的理由を認め難いところ、成立に争のない甲第九、第一〇号証の一、二によると、原告の昭和五七年度の事業所得が約二二六万円、同五八年度のそれが約二三〇万円であるから、これらを斟酌して年収二三〇万円を基礎として算定するのが相当である。そこで、三年間の新ホフマン係数二・七三一〇をもちいて逸失利益の現価を算定すると、三一万四〇六五円となる。
(六) 原告車損傷による損害
成立に争のない甲第三号証の一、二、によると、本件事故による原告車の修理費として二万三九三〇円を要したことが認められる。したがつて、同額の損害を被つたというべきである。
(七) まとめと減額
以上損害合計額は三七二万七四三五円となるところ、原告の病的素因が大きく損害を増大させたことは否定できないから、過失相殺法理を類推適用して四〇パーセントの減額すると、二二三万六四六一円となる。そこで、原告が自認する弁済受領額一三〇万円及び自賠責保険からの給付額七五万円を控除すると、残損害額は一八万六四六一円となる。
(八) 弁護士費用
原告は本訴の提起追行を弁護士に委任しているところ、それに要する費用のうち三万六〇〇〇円の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
三 以上の次第であるから、被告は原告に対し損害金二二万二四六一円及びこれに対する履行期到来後である本件反訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和六〇年七月四日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担しているというべく、原告の本訴請求はこの限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 石田眞)